比奈の諸国漫遊記

ユーラシアで旅に出たい。そんな夢を実現するために練習したりコラム書いたりバッグを作ったり…

一度全てを捨てて旅に行こう。



不合格。

ふ ごうかく -がふかく [2] 【不合格】
試験や検定などに合格しないこと。落第。 ↔ 合格 「検定に-となる」(大辞林より)

 

 

留年の上休学までした大学。

試験の結果は不合格だった。

 

親との約束は「ダメなら学校を辞めて就職を考える」

 

今がその潮時なのかもしれない。

 

思えば、入った時から何かが違った。

理想と違う勤務実態、夢を追う学生達との熱意の差。

私が燃えたのは報酬の話だけだった。

 

私は結局、大学の中ではなく、外へと逃げ出して「写真」と「旅」に自分の居場所を探し続けていた。

 

あまりショックはない。

友人達の卒業式は見てない。

就職先どころか連絡先すら知らねぇ。

 

気付いたのは「二年の夏」だった。

二年時までの単位をかなりの数落として、

夏休みは再試だけに消えた。

夏休みの後は講義に出る日数が減った。

サークル仲間と遊ぶために毎日旅先を考えた。

 

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 北海道にも行った。

ヒッチハイクで鹿児島も行った。

青春18きっぷで東京から行ける最遠の地を目指した。

 

三年になってからは再び講義には出るようになったが、後輩しかいなくなった学校に居場所は少なくなっていった。

ヤケクソでサークル活動をし続けた。

高尾山に行った帰り、電車の中で告白して彼女も作った。

鎌倉にある彼女の別荘でフ○ラしてもらった。だけど、そのまま連絡が少なくなっていった。

 

 

 

大学が勉強をする場所じゃなくなっていった。

 

書いた論文はコミケで売った。

望遠レンズの使い方の横に置いた1冊500円の論文は10冊刷って2冊しか売れなかった。

 

その内にアダルト企業の営業と知り合った。

顔を出してたゼミの教授は「そのうち話してみたい」なんて言ってたけど、多分建前だけだ。

 

俺はネットと旅先にだけ生き続けた。

 

そして三年の終わりに休学を決めた。

 

休学直後は写真屋に勤めた。

不定期な収入だったが意外と儲けが良かった。

 

店主がボケてなければ。

 

派遣労働に手を出した。

海老名にあったプリンターの研究者で派遣歴30年の夫婦に嫌味を言われながら3ヶ月働いた。

 

契約ではすぐに首切られた。

一人だけ未だに付き合ってる野郎がいるくらいしか思い出はない。

 

夏はプールの監視員になった。

小学生がバチャバチャやってるのを眺めるだけのバイトだった。

給料はかなり良かったし、何よりも同僚の女の子の水着姿が最高だった。

ラッシュガードの下って何も着ない奴がいるんだね。

 

秋からは駅の写真屋のバイトをした。

 

中学の時の知り合いが働いていたが、写真屋と言うよりはカメラを持ってる雑貨店だった。

 

思ってた仕事とは違った。

 

正月が近くなって、数週間の深夜派遣をやってみた。

 

毎日15時に起きて隣町の山奥まで自転車で通った。

時給は良い。日程も年末まで。

朝5時に家に帰って昼まで寝て、夕方から働き始める。

生活リズムの崩れた私にはとてもあっていた。

 

だけど、仕事先から帰ってきて、

 

寝て起きたらチャリがなかった。

 
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遺影(イエイ)!!

 

使ってたロードバイクを盗まれた。

 

パーツを取り替えていい感じになってきた所だった。

年明けには旅行に行くつもりだった。

 

その日は自暴自棄になってバイトを休んだ。

 

警察に行ったが未だに見つかってない。

今頃北○鮮で電話みたいな髪型をしたハゲが乗り回してるに違いない。

 

春は何もしなかった。

ホントに何もしていなかった。

あえて言うならサークルメンバーと飯を食いに行ったくらいだった。

 

そして復学。

全員後輩になっていた。

 

同期は前年度末に卒業していた。

 

唯一の楽しみは休学前に知り合った父のデカい先輩とのラインだった。

(近々他の男と同棲するらしいけどね)

 

俺は、貯めた金でコイツを買った。
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蒲田で見つけた古い型だが、前のチャリと同じ形で乗りやすかった。ほぼ即決で14000円だった。

 

 今もこれに乗っている。

 

旅に行きまくった。

 

横浜から平塚まで自転車で往復したり、横須賀に行ったり三国峠を超えたりした。

 

もはや学生としての本分など、脳裏にはなかった。

親の学費をドブに捨てるゴミクズ以下の行動だった。

 

高卒として就職して働きたくない。

ただそれだけのプライドが邪魔をし続けていた。

 

だが、新しく知った事もあった。

 

私が生きている世界は思ったより広かった。


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国内だけでも日本一周だとか四国八十八箇所(お遍路さん)だとかに出かける愛すべきバカ共がいっぱいいた。

 

私もあんなバカになりたい。

 

私もあんな旅をしてみたい。

 

私も一緒にこの感動を見に行きたい。

 

この気持ちから旅が、いや、日本一周の旅が始まるのかもしれない。

 

老子の言葉にもある。

本当の旅人とは、決まった計画など持たず、どこかに辿り着こうとも考えないものだ。

 

まずは親に全力で謝るところから始めよう。

私の旅はきっと謝ることに終始するに違いない。