比奈の諸国漫遊記

ユーラシアで旅に出たい。そんな夢を実現するために練習したりコラム書いたりバッグを作ったり…

ユーラシア、引退。

おはよう諸君。
自転車ライフはいかがお過ごしかね?


今日は少しだけさみしい話をしよう。

 


事の始まりは、先週の月曜であった。

「BBが緩んでいるのかも…?」
軽いサイクリングと称してユーラシアちゃんで近所のちょっときつめの山を登ってきた帰り道、急にペダルにがたつきを感じた。

 

馴染みのM川自転車店にて、店主に調整をさせてもらいに行った。

カニ目スパナとフックレンチでBBを締めた。

だけど、店主が決定的な一言を発した。

 

「このユーラシアは、もう限界だね。」

 

前から分かっていた。
30年前の自転車をレストアしたところで1000㎞も走れれば充分であるという事を。

 

以前の相棒であった「フリーダムスポーツ」が盗難されて1年が経ったころ、蒲田でスポーツ自転車を売っているK山サイクルハウスでひとめぼれをした。

 

まさに恋に落ちた。

 

クランクどころか、ステムもハンドルも、ブレーキカバーすらも朽ちていた。

 

だが、くすんだ汚れにまみれながらも放たれていた気品は他の自転車にはない妖艶な魅力があった。

 

トップチューブのワイヤー受けは豪快ながら、クロムモリブデン鋼製の細身のフレームは乙女のふくらはぎから足首にかけての直線を再現したかの様な繊細さを秘めていた。

 

私の重く無茶苦茶なペダリングに対してもその細い身体でしっかりとレスポンスを返し、平地ならば路傍のエアロフレームなどよりよっぽど速く走れた。

 

鈍色に光るコンポーネントはクレーン型のディレイラーや、6段ボスフリーなどという、今のロードバイクではほとんど見られなくなった構成であった。

 

1万円、という破格の金額で譲り受けた後、何日もレストアに費やした。

 

チェーンを変え、BBを変え、ステム、ハンドル、ブレーキ、サドル・・・フレーム以外はほぼ別の自転車からの移植だった。

 

レストアが終わり、夏となったころから、ユーラシアちゃんとの楽しい2年間が始まったのだった。

 

大黒ふ頭の強風に吹かれた後に、国道16号線を時速30kmで爆走した。

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アキバにも行った。横須賀も走った。

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茅ヶ崎海岸で砂混じりの潮風を浴び、七里ヶ浜のホテルから鎌倉ポタリングもした。

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輪行袋に詰めたまま部屋の隅に放置して、借りてきたスペシャライズドのTarmacに浮気もした。

 

ヤビツ峠にも挑戦したし、川崎大師にも一緒に参拝した。

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旅先にはいつもこの子がいた。

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だけど、彼女の身体はもう限界に達していた。

ラグは軋み、クロムモリブデン鋼製であるはずのフレームはカーボンよりもしなっていた。

 

私の体重を支えようとこらえ続けたが、まさか20kgも荷物を積んだ状態で走らされることになるとは思いもしなかったのだろう。

 

落車もした。変なパーツを組み付けたり、ろくに振れ取りもしてないようなホイールで無茶苦茶な走り方もした。

 

エンド金具だけ付けた状態で大学のロッカーに1週間も放置されたりもした。

そのたびに老いた彼女の身体は蝕まれ、寿命が縮まっていった。

 

そしてついにこの時がやってきた。

 

ラグが、抜けていた。

 

金属疲労でロウが外れていた。

 

これ以上はユーラシアちゃんに乗ることはできない。

 

2年間の短い付き合いではあったが、私に自転車の楽しみを教えてくれた一台だった。

 

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フレームだけを残して、それ以外のパーツを手放した代金で次の相棒を店主に見繕ってもらうことを決めた。

 

旅に行こう。だけど、ユーラシアちゃんはゆっくり家で休んでいてほしい。